実例から見る生前創の姿と効果

父の生前創を主催したH氏の場合

  • 大阪在住のH氏は、市内で企業のプロモーション企画などを手がける会社を経営している。H氏が、父の生前創を思いついたのは「父を元気づけるため」だったという。

    H氏の父は90歳、若い頃は壮健であったが、寄る年波のため、年々、弱気になり、寝付くことも多くなっていたという。外出することも減り、足腰も弱ってきているのが手に取るようにわかる。このようなことは誰もが経験することだろう。ところが「老齢だから仕方ない」と諦めなかったのが、H氏のユニークなところである。

    H氏は、「おじいちゃんの生前創をしたい」と長女に相談した。長女は「面白そう!それって、おじいちゃんが長生きしていることを皆でお祝いすることになるね。おじいちゃんだけでなくて、おばあちゃんも喜ぶやん!」と快諾。早速、二人で生前創の内容を考えた。「場所は?」「招待客は?」「集まってもらった人たちに何かをしてもらいたい」など、内容を考えるために、夜な夜な二人で秘密の会議を開催したという。

    H氏は、開催前の「秘密の会議」を振り返って言う。「娘が大きくなってからは、二人で話しをすることってほとんどなくなっていたから、この時間も楽しかったですね」。20代の長女は若い女性ならではの感覚でアイデアを出す。H氏は、企画業に携わってきた経験でアイデアを出す。二人の秘密の会議は、親子のつながりを改めて感じさせてくれる時間だったという。

    また、長女は機転を利かせて「私とお父さんでは考えつかないようなアイデアを出してくれるかも」と、親戚の空港関連の仕事に就いている女性に連絡をとった。話しを聞いた親戚の女性は、「生前創ってユニーク!」と快く会議に参加してくれたという。「生前創」という新しい考え方が、親戚とのつながりを深めてくれた瞬間だった。

    「秘密の会議」を重ねた結果、生前創は地元山口県某所で執り行うことになった。招待客は、生前創の主人公である父と母の血縁者で、普段から交流のある親戚はもちろん、会いたくても遠方に住んでいるためなかなか会えない親戚だ。普段から交流のある親戚も葬儀や結婚式、法事などでしか顔を合わすことがない親戚も、「生前創」の招待を受けて、驚きながらも未知の楽しさを感じたはずだ。葬式や結婚式、法事なら式次第の想像がつくが、「生前創」など誰も聞いたことがないのだから。

    やがて「生前創」の当日、受付には続々と招待客である親戚縁者がやって来た。会場ではH氏の父と母が主賓席に座り、招待客を迎える。

    H氏は「父は、自分のために皆が遠くから来てくれているというので、最初は恐縮していたみたいですが、一人、また一人と懐かしい人の顔を見るたびに、見違えるように生き生きしてきました。皆と言葉を交わすうちに表情が明るくなって血色も良くなり、その姿を見ただけで私まで嬉しくなりました。最初はイス座っていたのに、自分から立ち上がって招待客を迎えたときは本当に驚きました」と当日を振り返って語る。

    ここで、H氏の父の「生前創」の式次第を紹介しよう。

    • 「主催者挨拶(H氏による生前創の説明)」
    • 「親戚の長老による開会の挨拶」
    • 「親戚の重鎮による乾杯の言葉」
    • 「招待客による2分間自己紹介」
    • 「一芸ご披露タイム」
    • 「プレゼント交換タイム」
    • 「円熟の共同作業〜final bite」
    • 「本人からのご挨拶」

    「これが一連の流れなのですが、予想外に盛り上がり、時間が押してしまって、できなかった余興もあるんです」とH氏。H氏が語る「できなかった余興」とは、「両家対抗家系図作成大会」「ご先祖クイズ」の2つだったという。その理由についてH氏は「一芸ご披露タイムが驚くほど盛り上がったから」という。

    「一芸ご披露タイムでは、甥っ子が“恋ダンス”を踊ったのを皮切りに、次々と得意の歌や踊り、マジック、即興オルガン演奏、手話と歌などを披露してもらいました。式の途中で、急に何かやってといわれても困るでしょうから、何でも良いから披露してくださいと事前に伝えていたのも良かったのかなと思います。でも、この余興の前に、『2分間の自己紹介』をしていたのも功を奏したと感じます。普通の自己紹介ではつまらないと思ったので、集まった方の若いときの写真をスクリーンに映して、その前で自己紹介してもらったのです。若い頃の写真を出すと『昔はスマートだったのよ』とか『髪の毛がふさふさだ〜!』などとすごく盛り上がるんです。この仕掛けが空気を和ませてくれたと思います。親戚なのに自己紹介?と思う人もおられるかもしれませんが、お葬式や結婚式で会っても、なかなかじっくり話しをすることってないし、小さい子どもにとっては初めて会う人もいるでしょうから。この2分間自己紹介は良いなと感じました」

    H氏が語る通り「2分間自己紹介」でいっきに会場が和み、その流れで一芸披露へと続いたため、恥ずかしがる人もおらず大いに盛り上がったという。

    ちなみに、実施できなかった「両家対抗家系図作成大会」は、ゲーム感覚で父と母の家の家系図を皆で作成するというもの。皆の記憶をたどりながら家系図を作成することで「ここに集まっている皆が親戚縁者であることを再確認する場になれば」というH氏の思いが込められている。

    「ご先祖クイズ」も同様だ。先祖がどこで何をしていた人なのかを皆で当てるクイズなのだが、このクイズも「楽しみながら自分自身がこのファミリーの一員であることを再認識するきっかけになってほしい」という思いがあるという。

    また、「プレゼント交換タイム」についてもH氏ならではの考えが込められている。

    「プレゼントは、集まった人全員が必ず1つ持って来るようにお願いしました。プレゼント選びの条件には『500円のものを選ぶ』という条件をつけました。価格を自由にすると、その場には相応しくないと感じてしまうような物や受け取った人が気後れするほど高価な物を持って来る人がいるかもしれないでしょう。せっかく楽しいひとときをと考えているのに、その何気ない振る舞いで誰かが嫌な思いをしてはいけないと考えたのです。500円で誰が受け取っても喜んでくれそうな物を選ぶって、結構、難しいんですよ。良い意味でセンスが問われるというか。でも、それが生前創に参列する助走になると思うんです」

    親戚縁者の関係がこじれる原因のひとつに、経済格差や価値観の相違が上げられる。生前創の場が、人と人の関係をこじらせるきっかけになっては意味がない。この思いが500円という価格設定になったという。

    「円熟の共同作業〜final bite」も気になるプログラムだ。

    「結婚式のケーキ入刀のパロディです。皆に見守られて二人でケーキに入刀して、父から母へ「あ〜ん」とケーキを食べさせます。もちろん会場は拍手でいっぱいになりました。父も母も恥ずかしそうにしながらも嬉しそうでした。父の思いは、最後の『本人からのご挨拶』に込められていました。『こんなに楽しい日はない。ありがとう。また、こんなふうに集いましょう』と皆に伝えていました。マイクの前で、しっかり挨拶をする姿に皆、感動していましたよ。その日を境に、元気がなかった父が元気になり、食欲も出て、よくしゃべるようになりました。元気で長生きしてねと言葉で言うよりも、生前創がそのきっかけになったんだなと実感しました。また、私自身が、父の年齢になったときに、後悔しない生き方をしようと改めて思えたことも良かったと思います。これは父の生前創をしたことによるご褒美と感じます」

    父の生前創を振り返りながら語るH氏が「ほんとうにやって良かった」と何度も繰り返す姿が印象的だった。

  • 生前葬:実際に使用したスライドの一部

    実際に使用したスライドの一部

    生前葬:会場での雰囲気

    会場での雰囲気

    生前葬:2分間自己紹介での招待した親族の「一番ステキな写真」で紹介

    2分間自己紹介での
    招待した親族の「一番ステキな写真」で紹介

    生前葬:父の誕生から卒寿までのアーカイブスライド

    父の誕生から卒寿までのアーカイブスライド

    生前葬:H氏の進行で一芸ご披露タイム

    H氏の進行で一芸ご披露タイム

    生前葬:ぐっと盛り上がった「恋ダンス」

    ぐっと盛り上がった「恋ダンス」

    生前葬:結婚式のケーキ入刀のパロディ「円熟の共同作業〜final bite」

    結婚式のケーキ入刀のパロディ
    「円熟の共同作業〜final bite」

    生前葬:最後の式次第、ご本人からのご挨拶

    最後の式次第、ご本人からのご挨拶